以仁王の御謀反を都に報告


『平家物語』巻第四「鼬之沙汰」より一部を現代語訳。

そうするうちに前右大将宗盛卿は、法皇(※後白河法皇。平清盛により鳥羽離宮に軟禁されていた)の御事を垂伏して申し上げたので、入道相国(※平清盛)はようやく思い直して、5月13日に法皇を鳥羽離宮からお出し申し上げ、八条烏丸の美福門院の御所へ御幸させ奉る。「この3日のうちのお喜び」とは、泰親(※安倍泰親、陰陽師)がこれを申し上げたのだ。

こうしているところ、熊野別当湛増が、飛脚でもって、高倉宮(※以仁王)の御謀反のことを都へ申し上げたので、前右大将宗盛卿が大いに騒いで、入道相国はちょうど福原にいらっしゃったが、このことを申し上げたところ、完全に聞き終わらないうちに、すぐに都へ馳せ上り、「やむを得ない。高倉宮を搦め捕って、土佐の畑へ流せ」とおっしゃられた。