湛増







湛増着用の鉄烏帽子

湛増着用の鉄烏帽子

湛増(たんぞう)
大治5年(1130年)~建久9年5月8日(1198年6月14日)。
熊野三山の社僧で、第21代熊野別当。
第18代別当湛快(たんかい)の次子。

熊野別当(くまのべっとう)は、熊野三山熊野本宮大社熊野速玉大社熊野那智大社)の統轄にあたった役職。その役職は代々世襲制。

熊野別当代々次第』(熊野速玉大社所蔵)には、

第21別当湛増
湛快二男、法印を叙される。文治3年補任、建久9年戊午5月8日、69歳で入滅した。ただし拝堂はない。男子7人、女子5人。 この他に多くあるが、記さない。 治山12年。

と、あります(続きはこちら)。

真偽のほどはわかりませんが、熊野別当家は、平安時代中期の貴族・藤原実方(※ふじわらのさねかた、『源氏物語』の光源氏のモデルの1人ともされる)に連なる家系であるといわれます。

湛増の妻は、源為義の娘であり源行家の姉である鶴田原の女房(たつたはらのにょうぼう:鳥居禅尼)の娘。したがって湛増にとって、行家は叔父にあたり頼朝や義経や木曾義仲とは従兄弟の関係にあります。

また平清盛の異母弟、平忠度(たいらのただのり)の妻は、湛増の妹。

伝承では、義経の従者武蔵坊弁慶が湛増の子とされます。

第21代熊野別当・湛増から生み出されたキャラクター、ヒノエ。
ヒノエの誕生日は4月1日。


ヒノエの誕生日には熊野の地酒や梅酒でお祝いいただけたら嬉しいです。熊野の地酒 熊野の梅酒

遥かなる時空の中で3 朱雀クッションカバー
史実の湛増は僧侶ですが、『遙かなる時空の中で3』のなかの湛増は神職のようです。

ヒノエ(湛増)のイラスト – pixiv
ヒノエ(湛増)のコスプレ写真- コスプレイヤーズアーカイブ

 

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